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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)638号 判決

控訴人 工藤清司

被控訴人 鈴木恵司

訴訟代理人弁護士 藤巻元雄

主文

原判決中反訴請求を認容した部分を取り消し、右部分の請求を棄却する。

その余の本件控訴を棄却する。

本訴についての控訴費用は控訴人の負担とし、反訴についての訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四九年五月一七日から支払済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。被控訴人は控訴人に対し新潟日報株式会社発行の「新潟日報」に縦七センチメートル横一〇センチメートル、謝罪広告の文字は四号活字、その他の文字は五号活字による原判決添付の別紙一記載の謝罪広告をせよ。被控訴人の反訴請求中原判決の認容する部分の請求を棄却する。訴訟費用は本訴、反訴、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決並びに金員請求についての仮執行宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一本訴請求について

当裁判所も本訴請求は失当として棄却されるべきであると判断するが、その理由は原判決理由と同一であるから原判決理由中の「第一本訴請求事件について」の部分を引用する。

第二反訴請求について

一  控訴人の本訴提起について

1  被控訴人が、本件選挙に関し、「新潟日報」に本件投稿文を投稿し、これが昭和四九年四月二七日付「新潟日報」の「窓」欄に掲載されたことは当事者間に争いがなく、控訴人が、右投稿文中の一部は事実無根であり、これにより控訴人の名誉、信用が著しく毀損され精神的損害を蒙ったとして被控訴人に対し、謝罪広告及び慰藉料金三〇〇万円の支払いを求める本訴を提起したことは明らかである。

2  被控訴人は控訴人の本訴提起は被控訴人に対する不法行為になると主張するので検討する。

本訴請求の理由がないことは前述(原判決理由第一を引用)したとおりであるが、理由がないとして請求が棄却されるべきであるからといって直ちにその訴の提起が不法行為となるものではなく、訴の提起が不法行為となるには、訴を提起した者が、訴提起の当時、その請求の理由がないことを知り又は相当の注意を払えばこれを知り得たにもかかわらず、あえて訴を提起したことを要すると解すべきである。これを本件についてみるに、控訴人が本訴提起の当時その請求の理由がないことを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、弁論の全趣旨によると、同人は、本件投稿文は自己の名誉、信用を著しく毀損するものであり、これを投稿した被控訴人の行為は不法行為にあたり、控訴人がこれによって蒙った損害につき被控訴人に賠償を請求しうると考えて本訴提起に及んでいることが明らかであるところ、右投稿文の中には前述のように控訴人の行為に対する非難、悪評であることがその読者に容易に読みとれるこころがあるのであり、控訴人が右のように損害賠償を請求しうると考え本訴提起に及んだことは無理からぬ面も存するところであって、控訴人に過失があったとすることはできない。もっとも、前述のように、本件投稿文は、公共性のある選挙に関するものであり、その内容も一応事実に即しており、しかも投稿にいたる原因は控訴人自身に責任のある行為にあること等によると、違法性があるとはいえず、本訴請求は理由がないとして棄却されるべきところ、控訴人は、この点に考えを巡らすことなく、あるいは法律専門家に相談する等をしないで本訴の提起に及んだものであり、本訴の提起には十分な配慮を欠いた憾みはあるが、このことから控訴人に過失があったとまでいうことは相当でない。

右のとおりであって、被控訴人の本項の主張は採用することができない。

二  訴訟追行に関する控訴人の行為について

1  控訴人が本件の原審において次のような行為をしたことは記録上明らかである。

(一) 控訴人は、昭和四九年一一月二八日準備書面第二(1)に「被控訴人は昭和四五年渡辺正重が村上市の市長に当選した頃から同人より毎月金員の給付を受けた」旨を、同(2)に「被控訴人の居宅の建築資金の一部として、渡辺正重が不正に他より入手した疑いのある金員の中から約一〇〇万円が被控訴人に贈与された疑いが濃厚である」旨を各記載し、これを提出した。

(二) 控訴人は、昭和五一年六月二四日本人尋問中において、「被控訴人は、住宅建築資金の一部として、渡辺正重から金一〇〇万円の贈与を受けた。また、被控訴人は昭和四四年四月以降約二年間にわたって渡辺正重から生活費として毎月金二万円の贈与を受けた。」旨の供述をした。

2  控訴人が新潟地方裁判所村上支部昭和四九年(ワ)第一六号謝罪広告等請求事件(原告・渡辺正重、被告・控訴人)において次のような行為をしたことは当事者間に争いがない。

(一) 控訴人は、昭和四九年一一月二八日付準備書面第三、3、(ロ)に「渡辺正重は昭和四五年四月村上市長就任前後より鈴木恵司(被控訴人)に毎月生活費の一部として、昭和四六年同人の住宅資金の一部として各金員を供与した疑いがある。」旨記載し、口頭弁論期日においてこれを陳述した。

(二) 控訴人は、昭和四九年七月一八日付証拠の申立書の渡辺正重に対する尋問事項一四に「渡辺正重が鈴木恵司に昭和四四年四月以降毎月二万円也の金員を贈与せる目的とその理由について」と記載し、これを口頭弁論期日において提出した。

3  ところで、民事訴訟において、当事者は勝訴するために必要な事実を最大限に主張、立証することを許されているのであり、そのことはその事実が他人の名誉、信用に関わる事実であっても同様であるが、しかし、他人の名誉、信用を害する事実について、それが存在しないことを知りながら又は相当の注意をすれば存在しないことを知り得るのに、訴訟追行上自己に有利であるとしてあえて右事実を主張、立証するような行為は、不法行為になると解すべきである。よって、以下本件についてこれを検討する。

控訴人が準備書面等に記載、陳述し、あるいは本人尋問において供述した事柄のうち、前述の被控訴人が渡辺正重より金員の贈与を受けた等の事実もしくはその疑いがあるという事実は被控訴人の名誉、信用を害するものであるところ、その事実が存在したことについては、採用しがたい原審における控訴人本人の供述を除いてこれを認めるに足りる確証はなく、かえって《証拠省略》によると右のような事実はなかったものと認められる。しかし、控訴人が右事実の存在しないことを知りながらあえてこれを主張し、立証しようとしたことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ同人の供述、弁論の全趣旨によると同人は現在もなお右事実があると思っていることが認められる。また、《証拠省略》によると、被控訴人は、昭和三八年から村上市の市議会議員となり、同四五年の市長選で応援して以来右選挙で市長となった渡辺正治を応援してきたが、同年頃同市長から月々金三〇〇〇円を出すから書類の整理等を手伝うよう依頼されこれを断ったことや、翌四六年の県議会議員選挙の際に同市長から二か月、二回にわたり各金二万円宛の選挙資金の交付を受けたこと、被控訴人が、もと病弱で生活も豊かでなく、市議会議員の歳費も少なかったこと等から、被控訴人が渡辺から毎月生活資金二万円の供与を受けているとの噂があったこと、昭和四七年被控訴人方では居宅を同人の子鈴木俊輔の名において建築したが、右家屋の規模、被控訴人の生活状況、右建築に被控訴人の近所の大工が使用されず、渡辺の居住地域の大工が使用されたこと等から、右建築について渡辺から被控訴人に建築資金一〇〇万円が供与されたとの噂があったこと、控訴人は、かねて渡辺の市政に反対し、同市長の行為に疑惑を抱くところが多かったが、同市長と被控訴人との関係、被控訴人の生活状態、右建築家屋の状況等から右噂をいずれも真実ないし強い疑いがあると考えていたところ、本件及び別件において、訴訟を有利にするため及び被控訴人に関する右事実を明らかにするために前述の主張、立証に及んだものであることが認められる。そして、既述のように、被控訴人に関する右噂に相応する事実の存在は認められないのであり、控訴人は調査不十分であるとの非難を免れないが、前記認定の諸事実に照らすと控訴人が前述のように主張し、あるいは立証しようとした被控訴人に関する前記事実を真実ないしはほぼ事実であると考えたことにも全く理由がなかったともいえず、これをもって同人に過失がありとすることも相当でないと思料される。

三  以上のとおりであるから、被控訴人の反訴請求は、その余の判断をするまでもなく失当として棄却されるべきである。

第三結論

よって、原判決中反訴請求を認容した部分を取り消し、右部分の請求を棄却し、その余の控訴を棄却し、訴訟費用につき、民訴法九五条、九六条、八九条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川島一郎 裁判官 田尾桃二 小川克介)

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